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好書好日 (asahi.com) 『1貫にある、ものすごい魂』

[すし・sushi岡田イズム海の生き物]

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寿司作家 岡田大介 インタビュー記事
 
『1貫にある、ものすごい魂』

【好書好日 (asahi.com)】より
https://book.asahi.com/article/14624902

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海で釣りあげた魚を、お寿司屋さんのまな板の上へ。興味津々の子どもたちの目の前で、魚の部位や特徴を説明しながら、丁寧にさばいていきます。酢飯と合わせてやさしく握れば、おいしそうなお寿司のできあがり! 今春、第68回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選ばれ、第27回日本絵本賞を受賞した話題の写真絵本『おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで』(岩崎書店)の作者、寿司職人の岡田大介さんに、絵本に込めた思いを語っていただきました。(文:加治佐志津、写真:有村蓮)


岡田大介(おかだ・だいすけ)
寿司職人、寿司作家
1979年、千葉県生まれ。18歳で食の世界に入り、24歳で寿司職人として独立。2008年、東京にて完全紹介制の寿司屋「酢飯屋」を開業。普通の店では扱わないような希少なネタを出す店として食通の間で話題となる。現在は自らを「寿司作家」と称し、寿司の技術や知識を生かした情報発信やワークショップなど、活動の場を広げている。『おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで』(岩崎書店)で第69回産経児童出版文化賞JR賞、第27回日本絵本賞受賞。その他の著書に『季節のおうち寿司』(PHP研究所)など。2児の父。


食材の持つメッセージを伝えたい
――『おすしやさんにいらっしゃい! 生きものが食べものになるまで』は岡田さんにとって初めての絵本です。寿司職人である岡田さんが絵本を作ろうと思ったのはなぜですか。

 お店をやっていく上で、食材の産地や職人としての技術など、自分なりのこだわりがいくつかあるんですが、その一つとして、食材の持つメッセージをお客さんに伝えたい、という思いが以前からありました。それで、ただお寿司を出すのではなく、魚をさばく工程を見ていただいてから、お寿司を食べてもらう、ということを長年お店でやってきたんですね。

 ただ時間的な問題もあって、お客さんの前で全部さばいて見ていただくのは難しく、伝えきれていない部分もあって。それに、実際に魚をさばくとなると、手の動きが速くてゆっくり見てもらえないんですね。動画撮影してブログに上げたりもしていますが、細かいところまではなかなか映せません。

 でも写真絵本なら、生きものが食べものになるまでの過程をじっくりと見てもらうことができます。魚をもっと見て、知ってからお寿司を食べると、いつも食べるお寿司とはまったく違う感覚が味わえます。このことを伝えるのに、絵本は最適だと思いました。

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―― 絵本では、キンメダイ、アナゴ、イカを海で釣りあげるところから、さばいて握ってお寿司になるまでを解説付きで見ることができます。

 特徴の違うものを3つ取り上げたかったので、キンメダイ、アナゴ、イカというラインナップにしました。キンメダイは全国で獲れる魚ではないんですが、一般的な魚の形をしているというのと、大きく開く口や光る目が子どもたちにとって面白いはず、という理由で選びました。

 絵本を作る上で意識したのは子どもの反応です。子どもたちが見たときにキラキラと目を輝かせたり、声を出して驚いたりするような絵本にしたいと思いました。「へい、おまち!」のページのお寿司は、思わず手を伸ばしたくなるように原寸大にしています。

食材を「モノ」にしないために
―― 序盤には、キンメダイ、アナゴ、イカを岡田さんが自ら釣りあげる様子も登場します。お店では、自分で釣った魚で寿司を握ることも多いそうですね。食材へのこだわりは、何かきっかけがあったのですか。

 寿司職人の仕事は、魚を仕入れて、さばいて、寿司を握ること。その一連の流れにおいて、プロフェッショナルになることが求められます。でもそれはつまり、食材としての魚のことしか知らないということでもあって。市場に並ぶ前の魚のことは、寿司職人はあまり知らないんです。

 僕も昔は(東京の)築地市場に魚を買いに行っていましたが、仲卸業者さんに魚の産地を聞いても、正確な産地がわからないことがありました。朝の忙しい時間帯にいちいち答えていられないという事情もあるかと思いますが、産地がわからないと、お客さんに伝えることができません。そうすると、食材に気持ちが入らない。ただのモノになってしまうんです。

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これはいかんと思って、自分が使う食材はすべて現地に出向いて調達することにしました。魚だけじゃなくて、お米も調味料も野菜も、毎月どこかしらに行って、その道のプロに会って、本当にいいものだけを仕入れてくる。もしくは自分で釣る。そういう食材なら、お客さんにも自信を持って伝えられますからね。

 生産地でプロの方たちとたくさん知り合う中で、すべての食材に魂があるんだと感じるようになりました。魚そのものの魂に、獲った人の魂、運んだ人の魂も乗っかって、もちろん僕も魂を込めて握って......いろんな人の魂がくっついていくことで、魂の塊みたいなお寿司ができあがります。お米や調味料も含めれば、1貫のお寿司にもすごい数の魂が込められているんですよ。

寿司はうまけりゃいいと考える人もいて、それもありだとは思いますが、知れば寿司はさらにおいしくなる、とも感じているので、伝える、知っていただく、そして食べていただく、という流れを僕はこれからも大切にしていきたいと思っています。

命をいただくことへの感謝
――「生きものが食べものになるまで」というサブタイトルがついていますが、どこまでが生きもので、どこからが食べものなのかは、人によって捉え方が違いそうですね。

 魚だと、頭を落としてさばき始めたぐらいから「おいしそう」と言い出す子どもがいますね。あなごなら、煮上がったらもう完全に「おいしそう」。僕自身は、釣ったときは生きているけれど、締めてからは食べものと考えていましたが、生きている魚を見て「おいしそう!」と言う人もいます。人それぞれ食べものになる瞬間は違うんですよ。

 生きものが食べものになるまでを見せることで僕が伝えたいのは、命のことです。普段ただ食事をしているだけだと、命のことまで考えませんよね。でも、どんな食材にも魂が宿っていて、食べることで自分の血肉となります。さらに、目には見えないけれど、魂としてその人の中にたまっていくと思うんです。いつも命のことを感じながら食生活を送っている人がすごく心豊かなのは、それだけ魂がいっぱいたまっているからなんじゃないかなと。

 そのあたりの思いを、絵本の最後の「生きものは 食べものになって、きみたちの からだの いちぶになる。/わたしたちは たくさんの いのちで できているんだ」という文章に込めました。

―― この絵本を読むと、最後のページの「ごちそうさまでした」がより深く響きます。

 「いただきます」と「ごちそうさまでした」は、日本の食文化の根幹です。いちいち言われなくてもわかってるよ、なんて思われるかもしれませんが、やはり改めてきちんと伝えたいなと思って最後に入れました。毎日食べて、生きているって、当たり前だけどすごいこと。だからこそ、命をいただくことへの感謝を込めて、「いただきます」「ごちそうさまでした」を大切にしてほしいなと思います。

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―― 日本人の魚消費量は年々減っていると言われています。

 魚離れが叫ばれてはいますが、お寿司を好きな人の方が、嫌いな人より断然多いということに、握っていると気がつくんですね。だから、僕自身は魚離れをあまり感じていなくて、お寿司ならみんな食べてくれるような気がしています。子どもたちに魚のこと、海のことを伝えるときも、お寿司を入り口にすると、しっかり聞いてくれます。「お寿司うまっ!」ってとこから逆算していくと、心にすーっと入っていくんですよね。

 この絵本を出版してから、子どもたちが「魚を買って」と言うようになった、というお声をたくさんいただいています。さばいているところを見たいとか、自分でさばいてみたいとか、とにかく魚を目の前で見たいという子が増えているみたいで。絵本と絡めた子ども向けのお寿司のワークショップもやりたいと思っています。お寿司をきっかけに、たくさんの人が魚のこと、海のことに興味を持ってくれたらうれしいです。